最初は張り切っていて
ノアの大洪水
塔の破壊 キリストイベント
定期で神イベント開催してたけど、飽きた説
なんで意味を考えるんだよ
脳死で生きろ
(↑は死と生の対比が美しい芸術的文章)
>>2
現代アートでありそう
て言うかノアの方舟系統ってさ中世のキリスト教徒が考えた神話っぽいよな…ノアの方舟があった!って言ってるのは現地のキリスト教徒か宣教師が作ってそうよね…
神は…まぁ、信じる物って感じだろうね。信じるものが無かったら何を信じるっていう問題にもなるし…信仰は人が歴史を作っていく中で重要なものだと思うよ(過激な宗教・宗派を除いて)
人が存在するのは。人によるけど…生きようとするからじゃないのか?人は考えすぎるせいで自殺とかになるし…そもそも動物の自殺って人間のような自殺じゃないし…まぁ、そこはそこよ
つまりは生命が生きて生き抜くために進化して自分達がいるんじゃない?…純カトリックにはわからない話だろうけど
結局人間って何?→勘違いアニマル
神って何?→勘違いアニマルの妄想
我々が存在させられてる意味とは?
→何かやらされてるという被害妄想
綺麗に字数揃ったんだけどフォント
によっては崩れるのが残念なところ
あー。まあそうか。こういうのはいつも第三者から考えるから事が難しくなるんだな。なんか萎える
逆に質問するけど、君の考える理想的な生き方ってなに?
どんな風になった世の中でどんな風に生きる意味を与えられどんな風に生きていけばアサイーが深いさんにとって理想的?
それがわからないから聞いてるんだって言いたくなるかもしれないけど、そういう問いが浮かんでくるってことは少なからず自分の中に理想像があって、それが思わぬ形で裏切られた経験があるからそうなってるんだと私は思う。
現実的な話とか論理的な整合性は無視してとりあえず言葉にして聴かせてほしい
死ぬこと以外の悲しみなんてない世界で、生きる意味は幸せになるためだと教わり、誰とでも上下関係もない関係を持ったり、自分が楽しい、正しいと思ったことをいつまでもどんな形でもできるってのが理想論だな。極論平等とか公平とかを言い合ってなくていい世界がいいって感じ。