小説を批判せずに見てくれる奴だけこい
第1話 旅立ち
その国では、最近になって妙な噂が広がっていた。
――魔王が、世界を支配しようとしている。
魔王。
その名を聞くだけで、人々は顔を曇らせた。
遠く離れた山の向こうに住み、何人もの手下を従え、いつか人間の暮らす土地をすべて自分のものにしようとしている。
そう、人々は聞かされていた。
そして、その魔王を倒すために一人の若者が立ち上がった。
「……俺が行く」
町の中央にある小さな広場。
若者は、背中に一本の大剣を背負っていた。
剣といっても、特別な魔法が込められているわけではない。
ただ鋼でできた、重くて頑丈な剣だ。
彼は剣の柄を握る。
ずしりとした重さが手に伝わってきた。
「本当に一人で行くのか?」
近くにいた老人が尋ねた。
「ああ」
「魔王のいる場所までは遠いぞ。山も越えなきゃならん。途中にはドラゴンだっている」
「それでも行く」
若者は答えた。
怖くないわけではない。
むしろ怖かった。
ドラゴンに遭遇すれば、普通の人間などひとたまりもない。
魔王がどれほど恐ろしい存在なのかも、本人は知らない。
それでも――。
「誰かが行かなきゃならないだろ」
若者は振り返った。
町の人々が、彼を見ている。
期待している者。
心配している者。
そして、祈るような目で見つめる者。
その視線を受けて、若者は大剣を背負い直した。
「魔王を倒してくる」
その言葉に、広場から歓声が上がった。
こうして、勇者の旅が始まった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
町を出て数時間。
「……疲れた」
勇者は道端の岩に腰を下ろした。
先ほどまでの威勢はどこへやら、すでに足は痛くなっていた。
「勇者って、こんなに歩くのかよ……」
もちろん、誰も答えてくれない。
目の前には広大な草原。
その向こうには森。
さらに遠くには、雲に隠れそうなほど高い山が見える。
魔王がいるのは、その山のさらに向こうだ。
「遠すぎるだろ……」
勇者はため息をついた。
だが、立ち上がる。
大剣を背負い直す。
「……行くか」
そのときだった。
森の奥から、低い音が聞こえた。
――グルルル……。
勇者の足が止まる。
「……」
ゆっくりと大剣を抜く。
木々の間から、一匹の巨大な獣が姿を現した。
四本の脚。
鋭い牙。
そして、勇者の身長ほどもある巨体。
「……熊?」
しかし、普通の熊ではない。
その身体には硬い鱗のようなものが生えていた。
獣が唸る。
勇者は剣を構えた。
「……やるしかないか」
獣が地面を蹴った。
「うおおおおっ!」
勇者も走り出した。
大剣が振り下ろされる。
――ガァン!
鈍い音が森に響いた。
獣の身体に剣が食い込む。
だが、倒れない。
「硬っ……!」
獣の爪が迫る。
勇者はとっさに横へ飛んだ。
爪が地面をえぐった。
「こんなの、魔王のところまで行く前に死ぬだろ!」
それでも勇者は逃げなかった。
剣を握り直す。
もう一度、獣へ向かって走る。
今度は、真正面からではない。
獣が爪を振り上げた瞬間、その懐へ潜り込む。
「――そこだ!」
大剣が振り抜かれた。
獣が倒れる。
静寂が戻った。
「……はぁ……はぁ……」
勇者はその場に座り込んだ。
手が震えている。
足も震えている。
けれど、生きている。
「……勝った」
勇者は空を見上げた。
夕焼けが広がっていた。
まだ旅は始まったばかりだ。
魔王の姿すら、まだ見ていない。
それでも彼は歩き始める。
魔王を倒すために。
世界を救うために。
そして――
誰も知らない物語の中へ。
勇者は、一歩を踏み出した。
