Heinz Rolleke 2025-05-06 23:07:10 ID:35fa7e5d2 |
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ひとりぼっちがたまらなかったら(薔薇)
大学三回生の秋、僕は「ひとりぼっち」が病的にたまらなくなった。
教室にいても、サークルにいても、屋上でタバコを吸っていても(注:僕は吸わないが、吸っていることにしている)、心の中心がいつもぽっかりと空いている。そこに詰めるべき何か──たとえば鍋、手紙、スキンシップ、もしくは誰かの手──が決定的に欠けていた。
そんな折、僕のもとに現れたのが、安西くんである。
安西くんは、いつも黒いタートルネックを着て、イヤホンからはクラシックしか流しておらず、笑うと犬歯が見える男だった。何かにつけて気障で、なのに妙に居心地が良い。彼はある日、こう言った。
「君、孤独のグルメじゃなくて、孤独の哲学だよね」
「意味がわからん」と僕は答えたが、たぶん、彼にはすべてお見通しだったのだと思う。僕がひとりで部屋に帰り、Netflixのおすすめすら寂しさを増幅する呪詛にしか見えないような夜を、毎晩毎晩耐えていたことを。
「じゃあうち、来る?」
それは誘いというより、救命ボートだった。
安西くんの部屋はやたらと良い匂いがして、インスタントのミネストローネがやたらとうまかった。ソファに二人で腰掛け、ひとつのブランケットに無理やり入った夜、彼はぽつりと呟いた。
「ひとりがたまらなくなったら、人肌に逃げるのは間違いなのかな」
「いや」と僕は言った。「そういう時に逃げる先があるのは、いいことだ」
安西くんはなぜか黙って僕の手を握った。
あたたかく、でも必要以上には押し付けてこない、ちょうどいい寂しさの分量だった。
それからの僕たちは、友人ではなく、ルームメイトでもなく、むしろ“寂しさのシェアリングサービス”として週に二、三度落ち合う関係になった。
誰もそれを咎めない。言葉にもしない。
だが、僕はたまに考える。
ただそれを言葉にしてしまったら、終わってしまいそうな気がするので、僕は今日も言わない。言わずに、安西くんの作るミネストローネをすすり、彼のソファで猫のように眠るのだ。
ひとりぼっちが、今日もちょっとだけ、たまらなかった。
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