ひより 2013-02-13 22:04:04 |
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彼のことは名前しか知らなかった。
あと、天才だと言われていることも。
きっと恵まれていて、白石くんとはまた違った雰囲気があるんだろうなぁ程度にしか思わなかった。
きっと、自分を誇らしく思えるのだろう、と。
名前しか知らなかったけれど、彼には何かひっかかるものがあった。
そして、今まで財前くんを観察してきてわかった。
財前くんは、誰よりも弱いのだ。
きっと、人一倍繊細で、必要とされなくなることを誰よりも恐れている。
だからあんな風に冷たく振る舞うのだろう。
きっと、自分のすべてを知られてしまえば必要とされなくなるから。
これは私の憶測に過ぎないけれど、確かに私は感じ取ったのだ。
近くで見た財前くんは哀しそうで、憂いに満ちていた。
夕暮れに溶けて消えたあの溜め息の理由なんて私には分からないけれど、声をかけずには居られなかった。
何度か、財前くんは女の子をとっかえひっかえしてると噂で聞いたことがある。
皆、尻軽だとか彼女と別れたらしいから今すぐ告白しにいこうとか、彼のしていることは賛否両論も良いとこだ。
財前くんのファンからすればありがたいことだし、財前くんのファンを好きな男の子からすれば迷惑なこと。
でも、私はこう思う。
尻軽なんじゃなくて、きっと自分の全てを受け入れてくれると信じたのだろう。
たぶん、そう。 本当の財前光を見てくれる人が欲しかったのだろう。
だから彼は今、私に付き合わないかと言ったのだ。
付き合いませんかの裏に、俺の全てを受け止めて下さいという想いが隠されている筈。
告白なんかではない。
告白って、もっと恥ずかしそうにしながらするものでしょう。
こんなに、哀しそうに苦笑いしながらするものじゃない。
「一つだけ、聞かせて?」
「どうぞ」
「貴方が沢山の女の子と付き合ってきたのは、全てを受け止めてほしかったか ら?」
こんなこと、聞いてはいけないと分かっていた。
けれど、これを聞かずに彼の彼女として隣に居ることは出来ない。
だって、その理由をはっきりさせなければならないから。
はっきりしなければ、私は首を横に振る以外に術は無いだろう。
「んー…ちゃいますね」
「じゃあ、どうして?」
「まあそれに近いんやけど…あいつらには、全てをぶつけてきたんです」
彼の横顔は、綺麗だった。
秋空に浮かぶように空を仰ぐ姿がドラマのワンシーンのようで、視線を逸らせなかった。
「今まで積み重なった小さい痛みを、ぶつける場所が欲しかった。」
財前くんが、寂しげにぽつんと浮かぶ、 例えるなら財前くんのような鱗雲から私 へと視線を移す。
哀しそうに下げられた眉と、自嘲するように無理矢理上げられた口角。
それから、今にも泣き出してしまいそうな瞳。
全てが、彼の痛みを物語っていた。
まるで、世界の中心に取り残された小動物のように、無言で私に助けてと懇願しているのだ、財前くんは。
今までどんな想いをしてきたのだろう。
寂しかっただろうか。痛かっただろうか。
貴方は、特別な人間などではない。
普通 の、人間。
弱々しい、人間。
「でも、美桜先輩には受け止めてほしいと思った」
「え…?」
「先輩なら、全てを受け止めてくれるやろうって思ったんです」
「そんなの…」
そんなの、自信無いよと言いたかったけれど、言葉に出来なかったのは、財前くんがあまりにも哀しそうに、寂しそうに私を見下ろすからだった。
先輩やないとあかんのですと言わんばかりに、私の腕を小さな力でありながらも握って離さない。
何処にも行かないでと言いたそうに目を細めて今にも泣きそうな表情をするか ら。
「うん…私と、付き合おうか」
ここが、私たちの始まり。
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