ひより 2013-02-13 22:04:04 |
通報 |
キミは覚えていますか。
僕たちがまだ幼かったあの頃、桜の下で約束したことを。
傷つく怖さも離れる寂しさも何も知らない、 純粋で無知だった僕たちが、誓ったことを。
『またいつかこの場所で』
出会おう、と。
この時期になると思い出す。
キミの笑顔、キミの声。
春の優しい陽射し。
ひとひら、またひとひらと降る桜たちは、まるで恋心のように。
なまえ、キミは今どこで何をしてるのだろう。
鮮やかな青色とキラキラ眩しい太陽が俺たちを照らす中で太陽より遙かに輝かしい笑顔で振り返る彼女に、確かに温かい何かを感じた。
何か言葉を紡いでいるけれど、何も聞こえない。
葉のざわめきだって、聞こえない。
『何て言うてるん?聞こえへんって』
この時、俺は聞き返さなければ良かったと後悔することになる。
きっと聞き返してしまったから、彼女は消えたのだ。
最後に一つだけ、彼女の声が俺の耳に届いた。
『ごめんね』と、確かに言ったのだった。
「……っ!」
目尻に冷たい何かが伝う感触と、夢の中の苦しさで目が覚めた。
追いかけても追いかけても、一向に追いつくことはなくて、なまえの姿形はだんだん薄くなっていって確認出来ひんくなって、俺は立ち止まる。
そんな夢を今まで幾度も見てきたけれど、ひさしぶりに見た。
夢やと思えば、また涙が色んな感情と一緒に溢れ出す。
時計を見れば五時やった。朝の。
目覚めてしもたし、やることないし、さあ散歩でも行くかと思い立って外に出た俺はこの上ない後悔をした。
なんと途中で雨が降ってきた。
散歩とか、行かんかったら良かった。
「謙也くん」
誰かに呼ばれた気がして振り返ってみたが、 誰も居ない。 女の子の声っぽかったからちょっと期待してしもたけど、こんな時間に女の子が外を出歩く筈もない。
けれど、妙に懐かしい気持ちになった俺の足が自然と向かう先はただ一つであった。
ちょうど今から十年前、彼奴と誓ったあの場所。
空を仰げば、まだ小さかった俺たちには空が桃色に見えたあの場所へ。
『いつか、また』
いつかなんて、いつなんか分からん。
でも、俺は、
会いたくて仕方なかった。
多分、さっき呼ばれたのも気のせいではない。
多分やから、何とも言われへんのやけど。
会いたい。会いたいんや。
「……謙也、くん?」
さっき聞こえたのと同じ声で俺を呼ぶ彼女には見覚えしか無かった。
そして俺は傘も何もかも放り投げる勢いで彼女に近付き、強く強く抱き締めるのだった。
春の追想
(煌めく春の思い出たち)
それは全米が驚く程の出来事だった。
私も驚いた。それはもう目玉が飛び出るのではないかと思うぐらいに。
何故なら、あのホモ氏、じゃなくて一氏ユウジに彼女が出来たからである。
毎日小春ちゃんとキャッキャウフフしてる、あの一氏ユウジに。
四天宝寺でも有名なホモ、あのホモ氏に。
「ホモ氏って何やねんネーミングセンスあらへん名前付けやがって。しばくぞハゲ」
「だってホモじゃん」
頭上から突然ユウジの声が聞こえたので、とてもびっくりした。
けれど彼女が出来たことに比べると雀の涙程の驚きである。
「隣のクラスの山田さんでしょ?」
「せやけど」
「どうすんのあの子がホモは受け入れられなかったら」
「いやそれは無いと思うで」
「何なのその自信。ムカつく」
ユウジは山田さんのことを信じているのだろう。
例えホモでも受け入れてくれると、信じているのだろう。
山田さんは大人しめな子で、私とは正反対の女の子。
いつの間にユウジと関わっていたのか、本当に解せない。
ユウジはああいう子が好きなのかと一人で勝手に納得しながら寂しさだけが私の心を支配した。
私は山田さんじゃないし、山田さんにはなれない。
「いや、告白してきた時必死やったから」
「へ?」
「どうしても一氏くんと付き合いたいんです!言うてきてん。」
少し口調と声を真似るユウジに思わず吹き出しそうになった。
だって、似すぎてて。山田さん本人が目の前に居るのかとさえ思う。
「何なのそれ、変だね」
「付き合う言うたかて特別何かするわけでもないやろうし、まあええかなーって受け入れてん。」
「ふーん?」
少し暗めの声のトーンで聞こえてきたユウジの声は、可哀想としか思えなかった。
情けなくて、何処か寂しそうで、例えるなら雨の中の捨て猫みたいな。
必死に何かを待ってるけど、震えた声しか出せなくて、儚くて。
「大切にしてあげてね?」
「おん、まあ頑張るわ」
ユウジのことは、多分私の方が知ってる。
オクラが好きなことも、ホモであることも、知ってる。
きっと山田さんより知ってるし、ユウジのことが好きだ。
山田さんより先に告白してたら、私がユウジの隣に居れたのだろうか。
恋人として、誰より近くに。
「今日のお前何やねんきしょいな」
うん、多分無い。
全米が驚いた。
(そして私は泣いた)
行かないで、何処にも行かないで。
ずっとずっと側に居て。
お願いだから、離れないで居て。
チュンチュン、と小鳥が鳴く。
まだ低い位置にある朝日が私たちを優しく包み込むように照らす。
朝だよと言わんばかりの眩しさに、強く目を閉じた。
目尻には冷たい感覚があり、しばらくしてから私は泣いていたのだろうと理解出来た。
さっきまでの夢は何だったのだろう。
不思議な、夢。
「んんっ…」
大きく伸びをしようとして腕を伸ばそうとするも、隣で寝ている人物によって遮られた。
痛いぐらいにきつく抱き締められており、離して貰えそうな気配は一切無い。
けれど、この苦しいほどの抱擁さえも愛しいと思えるのは、私を抱き締めているのが他の誰でもない、光だから。
伝わってくる低めの体温も、愛しい。
名前を呼んで抱き締め返してみせると、やっと起きたのかふにゃりと微笑んだ。
普段は滅多に見せない柔らかい表情に、ふと小さな笑みが零れた。
「おはよう、光」
「ん……」
まだ少し、否、かなり眠そうな目を頑張って開ける光が可愛くて頭を撫でたくなった。
少しもぞもぞと動いて私を抱き締める、光。
先程とは比べ物にならない程、優しく柔らかい抱擁だった。
「……泣いてたん?」
「え?」
私の目尻に残っている涙の痕に優しくキスをし、問う。
何だ、バレちゃったのか。
「私でもよく分からないんだけどさ、なんか夢見ちゃったんだよね」
「夢?」
「そう。女の子がね、行かないでって何度も暗闇の中で叫んでた。」
多分、その女の子は私なんだよと付け加えてみせると、光は助けに行けんでごめんと謝りながら私の頭を撫でた。
どうしてこうも貴方は優しいのだろう。
どうしてこんなにも無償で愛してくれるのだろう。
私はこんなにも、優しさに欠けているというのに。
「助けに来てくれなくても、良いの。」
「……ん?」
「こうして光が隣に居てくれて、笑ってくれて、抱き締めてくれたらそれで良いの。」
「おいで、なまえ」
彼の言葉の通り、彼の腕に収まる。
私は、覚えている。夢が覚める直前に、誰かが優しい声で私の名を呼び、おいでと言ってくれたのを。
きっとその優しい声の主は光なのだろう。
今、正にその優しい声で私を誘ったのだから。
「ねえ、光?」
「ん?」
「光って名前、光にぴったりだね」
「どうしたん、急に」
「ふふ、何でもない」
あの暗闇の中で私に優しく話しかけてくれたのが本当に光ならば、きっと夢の続きは輝かしいものになったのだろう。
声のする方へ行ってみれば、きっと光が居て、今私に見せている笑顔で笑ってくれるのだろう。
そして、暗闇にヒカリを射してくれるのだろう。
キミという名の、眩しいヒカリを。
夢の続き
(キミが居てくれるなら)
(あの夢が続いても構わない)
|