Ghost Finder ThomasCarnacki 2023-01-08 17:08:04 |
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このままでは押し切られるだろう。だから、作戦を変えよう。悔しいが。
グロック17を手放し、宙に放り出された右手を掴んでプレートキャリアに押し付け、すかさずハゲコの指越しにトリガーを引く。
ライノ・200DSはダブルアクション対応のリボルバーだ。それだけでシリンダーに残された最後の一発は発射され、防弾プレートで止まった。
そのまま手を握り込む。
「お前、んだよそれ……!?」
「あぁ? 見りゃ分かんだろ」
きつねは凄惨に笑った。
「テメーの骨をブチ折ってんだよ!」
束ねた木の枝をまとめて手折ったような、軽くて乾いた音がした。掌の中で、ハゲコの手が歪に形を変えたのが分かった。
単純骨折二本。粉砕骨折一本。そして開放骨折──折れた拍子に肉を突き破った骨が二本。
全滅だ。少なくとも数ヶ月は全く使い物にならないだろう。治っても後遺症が残るかもしれない。
ざまあみろ。腕の借りは返したぞ。
だが、ハゲコがきつねの髪から手を放して、腰の裏に隠し持っていたナイフを抜くのが見えた。
ショルダーアーマーとプレートキャリアの隙間に白い刃が深々とねじ込まれ、否が応にも肩の力が抜ける。
右手の拘束が僅かに緩んだのを目ざとく察知したして、すぐさま脇の下を抉るように突いてきた。
痺れるような痛みが走った。
そして最後に、顔面への左ストレート。インカムが耳から外れて吹っ飛ぶと同時に、鼻から嫌な音がした。
確実に折れたな、これは。
頭突きの仕返しのつもりかよ。なんて内心でぼやきながら、きつねは脱力して重力に身を任せた。
背中と頭を床に打っても痛みはない。出血多量で意識が朦朧としていた。
「……ククク」
ハゲコは、きつねを見下ろして笑った。ぼさぼさの髪に隠れていた目元がよく見えた。
「ハ、ハハハ……」
つられて、きつねも笑った。
無邪気に笑った。
楽しかったんだ。
スポーツの爽快感に似たものがあった。
殺し合いを楽しく思ったのは初めてだった。
なぜそう思ったのか、自分でもわからなかった。
「イカれてんぞ、お前」
「言えた口かよ」
列車はとっくに止まっている。逃げようと思えば簡単に逃げられるだろう。
その前に、少しでも情報を集めないと。
そうだ。まだ気絶できない。
気張れよ、俺。一番の踏ん張りどころだ。
そう自分を鼓舞した。
爆破の余波で壊れたのだろうか。天井の照明が頼りなく明滅している。
死闘が嘘のように静かだ。
「名前、教えろ。死ぬ前に」
舌がうまく回らない。いや、それ以上に頭が鈍ってきているのがきつい。集中していないと言葉が聞き取れない。
「先に名乗るのが筋だろ? ダイ・ハード?」
「誰が世界一ツイてねぇ男だよ……きつねだ」
「ふうん、俺はハゲコビーノだよ」
折れた鼻から喉に流れ込んできた血を飲み込んだ。
ハゲコビーノは実に得意気だった。俺がじき死ぬことを微塵も疑っていないらしい。そりゃそうか。死なない人間なんて、いないものな。
きつねは、目を閉じ蹲る様にして床に屑折れた。見えないように口を開け、教科書通りの対ショック姿勢の完成だ。
「惜しいやつをぶっ殺しちまったな」
ハゲコビーノはそう言いながら、手近なドアの上に手を伸ばすと、カバーを開けて中の非常用コックをひねった瞬間。
──車両が爆発した。
爆風で煽られながらも寝返りを打って、殴られた拍子に飛んでいったインカムのもとへ這いずった。奇跡的に壊れてはいなかった。
再装着してチャンネルを変更。本部の発令所に繋ぐ。司令が作戦行動を監督しているはずだ。
「こちら……フォックストロット・ツー。対象が、一名逃走。半蔵門線を通って……」
うつらうつらしながら、なんとか言葉を紡いだ。出血性ショックなんて珍しくもない。
「徒歩で、渋谷方面に向かいました」
ハゲコは至近距離で爆発に巻き込んでやったが、自力で逃走できる程度の傷しか与えられなかった。少しずつだが眠気が和らいできた。それでも血に蓄えられていた熱がみんな体外に出ていってしまったのはどうしようもなく、猛烈な寒さに身震いさせられる。
『現時刻をもって掃討作戦を終了。部隊はこちらで撤収させる。お前はホームで回収班を待て』
「…了解です」
『オーバー』
『こちらフォックストロット・ワン。聞こえるか?』
司令本部との通信を終了したところで、ちょうどはまちが通信を入れてきた。
「感度良好。どうした?」
『お前をすっ飛ばして司令部から撤退命令が出た。何かあったのか?』
きつねは、自分の体を見下ろしてみた。
左腕は上腕を粉砕骨折。右肩と右脇下に深い刺し傷。右大腿に銃創。鼻骨骨折。右頬と左側頭部に広範囲の裂傷。出血量は……血の海と化した周りを見る限りだと、一リットルより少し多いくらい?
以上を今までの経験から総合的に判断すると、
「問題ない」
即答できるくらいの平常運転だ。
「ちょっと面倒な奴が逃げたが、情報部が追ってる。俺も元気だよ」
『そうか。こっちも怪我人一人いない。お前もとっとと帰ってこいよ』
「気遣い、感謝する」
『オーバー』
きつねは自分の持つグロック・マークスマン・バレルの鋭いライフリングが、明滅する光に照らされて白く輝いた気がした。
殺してきたツケは払わなくちゃいけない。
勝ち逃げは、フェアじゃない。
残り香というには濃密すぎる硝煙の匂いを嗅ぎながら呟く
「フェアじゃないのは、嫌いだな」
~END~
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